cage

 熱い。身体を支配する灼熱が、己の魂までも其の業火で焼き尽くそうとしている。赤い闇しか映さない己の紅玉は、今どんな光を宿しているのだろうか。
(――否、)
 光など宿してはいないだろう。何せ護ろうとした世界を壊してしまったのは、握り潰してしまったのは、他でもない己自身なのだから。己が瞳に宿しているのは光明などではなく、暗く沈殿した絶望。
 己自身では何も出来ず、唯世界が崩壊していく様を見る事しか出来ないのは、魘魅となった者の宿命だ。
 じゅ、と音を立てながら身体の内側が激しく燃えて灰になっていく。
――嗚呼、熱い。




 己の身体に異変を感じたのは、映画館での仕事を終えた一週間後の事だった。
 何時もの様に万事屋に出向いた従業員の少年基新八の声で目が覚める。緩慢な動きで布団から身体を起こし、欠伸を零しながら洗面所へと向かい。コップの中に入っている歯ブラシを取った、其の時だった。

「……?」
 己の指に掴まれた歯ブラシが、軽い音を立てて床へと吸い込まれた。目を見開いて己の手の平を凝視する。震える其れには、全く力が入らなかった。
(……何で)
 今までに怪我をして腕や足が全く動かせない、という事は何度も経験した。けれど、今回は怪我も無ければ何かの病気という訳でもない。本当に突然力が入らなくなったのだ。
「銀さん? 朝御飯出来ましたよ、何時までぼーっとしてるんですか」
 洗面所まで己を呼びに来た新八の声で、はっと我に返る。震えていない方の手で床に落ちた歯ブラシを拾って洗い、コップの中へと戻して。新八に今行く、と告げて未だ震える手の平を一瞥。何故だか其処だけが、まるで己のものではない様に思えた。

   *

 思えば、あれが最初で最後の警告だったのかもしれない。あの後、暫くは突然力が入らなくなるなどという事は起こらず、一種の金縛りだったのだろうと自己完結し、日々の生活を満喫していた。しかし、始まりが突然ならば終わりも突然で。
「……何だよ、これ」
 過去に魘魅に斬られた右腕に、薄らと残った一つの傷痕。其処から梵字の様な痣が浮かび上がっているのを見た時、ぞわりと背筋を恐怖が駆け上がった。一気に記憶の片隅で消えかかっていた彼が存在を主張する。
――御前の其の禍々しき手は、いずれ其の腕に抱いた尊きものまで粉々に握り潰すだろう……其れが鬼の背負いし業よ。愛する者も憎む者も、全て喰らい尽くし……この世界で唯一人、哭き続けるがいい……白夜叉。
 魘魅が耳元でそう囁いて嘲笑を浮かべた、気がした。

 それからというもの、己は魘魅について調べる為に其処彼処を駆けずり回った。二、三日家を空ける事も多くなったが、新八や神楽は俺が呑みにでも行っているのだろうと思っているらしく、何時もの事だと何も言わずにいて。けれど、少し寂しさを含んだ表情をする様になった彼等。
(……ごめんな)
 心中でそう呟いて、万事屋の玄関を開けるという日々が続き、早くも一ヶ月が経とうとしていたある日。己は知った。知ってしまった。
 己の中に、とんでもないものが存在しているという事を。そして其れは、いずれ……否、近い未来に全てを壊してしまうという事を。
「…………」
 瞼を閉じて、今までの生活の記憶を辿る。悔いは無いと言えば嘘になるが、来たる未来を断ち切るにはこれしか方法が無いのも事実。
(そうと決まれば、さっさと終わらせちまわないとな)
 己が世界に、最悪のウイルスをばら撒いてしまう前に。
 そっと持ち上げた瞼、視界に映った空は今にも泣き出しそうな重い鉛色であった。

   *

 誰も寄り付かない様な山の奥の、開けた場所。其処で、己は短刀を片手に地面に膝を突けていた。此処に来る前、源外の所へ行ってタイムマシンの製作を依頼。そして、行き付けのコンビニのトイレにメモを残し、誰にも気付かれない様に其処を出て来た。一週間もすれば坂田銀時という存在は失踪扱いになり、やがてはもう死んだものと思われるだろう。
(……それでいい)
 瞼を下ろせば、新八の呆れた様な優しい笑顔と神楽のまだ幼さの残る無邪気な笑みが浮かんで。
「新八、神楽……御前等と万事屋やれて、楽しかったよ」
 風一つ吹かない静かな空間に、己の声が小さく落ちる。
「ごめんな……」
 きっと御前等の事だから、俺がいなくなったら血眼で其の身がぼろぼろになるまで探し続けるのだろう。俺の墓が建てられたら、血を吐く様に文句を言いながら涙を流すのだろう。けれど、其の先に誰も傷付かない平和な未来があるのなら。歌舞伎町が、御前等が、あの恐ろしい病に侵されずに済む未来があるのなら。
(許してくれな……)
 どうか最期まで、万事屋の坂田銀時として……御前等を護らせてくれ。

 短刀の柄を取り去り、刃先五分を残して白紙を巻いて紙縒りで結ぶ。左腕を動かして肩から着物を落とし、インナーのチャックを限界まで開けて上半身を外気に晒し。ここで、すうっと深く息を吸って深呼吸。作法は昔あの人が授業で言っていた。幼い頃の己にしては珍しく、眠らずに聞いていた授業の一つで。あの人は生を大事にしていたから、この時ばかりは少し辛そうに眉根を寄せていたのを覚えている。
「皆さん、どうか……今教えた事を、役立てる様な事はしないで下さいね。最後まで、生を諦めてはいけません」
 そう言って寂しそうな笑みを浮かべたあの人に、心の底で懺悔する。
(ごめんなさい、先生)
 俺はあんたとの約束を護る為に、あんたの教えに背きます。こんな俺を……許さないで下さい。
 少し震える左腕を動かして、露わになった腹を右に向かって撫でる。そして、右手で握り締めた短刀を左腹へ突き立てようとした、その時だった。

 どくり。心臓が脈打つ音が聞こえた。次いで、今や肘まで覆っていた痣が一気に広がって指先まで埋め尽くす。
「……ッ!」
 何時かの時と同じ様に、手から力が抜けて短刀が地へと叩き付けられた。いくら動かそうとしても、唯震えるだけで全く動かない腕に、つう、と米神に汗が伝う。広がった痣と、自身の思い通りに動かない其れ。それらが意味する事は、一つであった。
「あ……」
 死にたいのに死ねない。壊したくないから選んだこの道さえも、奴に塞がれてしまったというのか。
(嗚呼、)
 全ての事が遅すぎた。結局己は奴の言葉通りに――。
「あああああッ!」
 まるで血を吐くかの様に喉から上がった咆哮は、誰に聞かれるでもなく憎らしい程晴れ渡った空へと消えていった。




 ふいに意識が浮上する。己の中のナノマシンウイルスに自我を奪われてから、どれ程の月日が経ったのだろうか。こうして度々己の思う様に身体が動く時が訪れはするのだが、それもほんの僅かな時間だけで。何時また奴に意識を奪われるか分からないから、やりたい事は短時間で済ませないといけない。
 ふらりと足を動かして歩き始める。目指すは、新八と神楽、そして定春と共に流れ星を見に行った、江戸の町が一望出来る丘。今、歌舞伎町が、江戸が如何なっているのか、この目で確かめたかったのだ。
「――!」
 視界に映ったのは、己の知っている町ではなかった。この身体からばら撒かれたウイルスに為す術も無く破壊されていく、荒れ果てた町。落ち掛けている陽も相俟って、寂れた雰囲気を色濃く放っている。ゆったりとした風が流れ、頭と顏に巻かれた包帯の端が空中を踊り。
 どんどん枯れ果てて死んでいく己の世界に、握った拳に力を籠めた。もう己では如何する事も出来はしないが、源外に製作を依頼したものが完成すれば、それを使って過去の己……ナノマシンウイルスに支配される前の坂田銀時をこの世界へ連れて来られるだろう。そして、新八と神楽の許へ届けられたであろうメモを見、其処に残された文字を探っていけば否が応でも己――否、魘魅の存在に気付くはずだ。
(……早く)
 もう、過去の己に縋るしか残された道はない。ナノマシンウイルスに支配される前の己自身が、唯一の希望であり救いなのだ。
 全てを手放して独りを選び、挙句の果てに俺が己自身を殺そうとしている事を知ったら、新八や神楽はどんな顔をするだろうか。何時かの様に殴り飛ばして、己に向かって怒鳴ってくれるだろうか。俺がいないと意味がないと。
(……それでも)
 それでも、御前等を護りたいのだ。自らの存在を持ってして御前等を護れるのなら、俺には悔いは無いのだから。嗚呼、けれど――。
「……帰りてェ、な……」
 己は初めこそ独りで、孤独など全く耐えないものであったはずなのに。あの人に出会って、高杉や桂、辰馬に会って。そしてお登勢に拾われ、新八や神楽に出会い。何時の間にか、何も無かった俺の周りには沢山の温もりがあった。
「……ッ」
――怖い。独りになるのが、必死に掴んだ沢山の温度を手放してしまうのが、怖い。孤独が鋭い刃となって心に突き刺さる。嗚呼、早く。
(俺を殺してくれ)
 坂田銀時。


   */*/*


 独りでいる事を選んだとはいったものの、やはり子供達の事が心配でならなかった。ちゃんと飯は食べているのか、ちゃんと睡眠はとっているのか、二人だけで依頼はこなせるのか。気掛かりな事を上げればきりがない。新八にはお妙がいるが、神楽の身内は宇宙を回っているのだ。頼れる存在といえば、それこそ新八くらいしかいない。そこで、己は遠くから彼等を見守る事にした。己は白詛を宿す者、二人に少しでも近付こうものなら二人の身体に病魔が襲い掛かってしまう。
(それだけは……)
 白詛に侵された二人の姿を想像して、心臓が凍る思いがした。頭を振って頭の中の其れを打ち消す。
(……大丈夫だ)
 彼等は、白詛に侵される程弱くはない。すいと瞼を伏せ、「万事屋銀ちゃん」の看板を遠くから見つめる。
(……それに)
 新八と神楽を見守っていれば、少しは襲い来る孤独にも耐えられるだろう。そう思って、己はそっと瞼を閉じた。

   *

 羽織ったマントの裾が風に煽られて大きくはためく。風が強く、目を細めなければ万事屋を眺める事が出来ない。
 あれから五年の月日が経った。この五年で、歌舞伎町はすっかり其の姿を変えてしまい、今では見れたものではなかった。新八と神楽の顏からは笑顔が消え、万事屋の看板は下ろされている。
(……知らねえ)
 俺の知っている新八と神楽は、あんな表情を浮かべない。あんな笑顔一つ無い顏なんか――。
 そう思うけれど、二人にあんな顔をさせているのは、間違いなく己自身で。
「アンタまで僕らの前からいなくならないでよ」
 何時かの新八の言葉を思い出す。其処に俺がいなければ、自分達は笑わないのだと。
(俺の……せいだ)
 こうして歌舞伎町を眺める度に、自責の念が心の奥底から湧き上がる。
 肌に浮かび上がっている其れと同じものが描かれた包帯を巻いた顏から覗かせた片目でじっと万事屋を眺めていれば、新八と神楽、そして定春と共に見知らぬ男が一人。とくんと心臓が脈打ち、己の中のナノマシンウイルスが僅かに騒ぎ始めて。
――見つけた。姿形は違えど、己の内にある其れがあれは過去の己だと知らせてくる。嗚呼、やっと。やっと終わらせる事が出来る。
(もうすぐ、終わるから……)
 もう少し耐えてくれな……新八、神楽。

   *

 天から落ちる雫が、激しく音を立てながら地へとその身を叩き付けている。笠を目深に被り、嘗ての魘魅と同じ服を身に纏った己は、自らの意識がはっきりしている内にと歌舞伎町の外れにあるビルの屋上へと足を向けた。意識がある時に集めた情報によれば、今日は幕府――尤も、殆ど其の役割を果たしていない――に捕らわれた源外と近藤、そして桂の処刑が行われる日らしい。もう処刑時間は過ぎているが、土方や沖田が黙ってはいないだろう。それに、新八や神楽と共に過去の己も其の場にいるはずだ。今の己は過去に戦った魘魅の姿そのものであるから、彼が己に気が付きさえすれば事は急速に動き出すだろう。
 屋上に足を着けると、唯一露出させている片目で辺りをじっくりと見渡した。手にした情報が正しければ、この辺りで宴会を開いているはずなのだが……。
 よく目を凝らして悪い視界の中に見知った姿を探す。其の時、向かいの建物から出てきた人影。
「……」
 始めに見た黒い影は、身体から滲み出る雰囲気から新八であると分かる。彼が去った後、建物の入り口付近で大きな傘を差して座り込んだ女性は神楽だ。
 包帯の下で、ぎり、と歯を食い縛る。視線を神楽から建物へと滑らせれば、無事に逃げ果せたらしい桂の隣に、過去の己。俯いていた彼が何かに気が付いた様に勢い良く顏を上げる。その視線の先は――。

 過去の己が走り出す。己は足早にビルの屋上から降りて其の場を後にした。今日は彼に己の存在を知らせる為だけに来たのだ、無駄な戦いは避けたい。それに、彼はまだ知らない事がある。
(……まだだ)
 まだ、時は満ちていない。




 ざり、と地面を踏み締めて歌舞伎町内へと足を踏み入れる。此処に来るのは五年ぶりだろうか。絡繰りが並べられた其の場所に足を踏み入れると、源外に製作を依頼したタイムマシン――時間泥棒に手を掛け、其の身体を抱き上げた。
「銀の字」
 そのままからくり堂を出て行こうとすれば、懐かしい声に引き留められ。足を止めて振り返らずに其処に佇む。
「そいつの製作費はきっちりツケといた……未来の御前にな」
 彼の言葉に瞼を下ろす。狡いと、思った。己にはそんな希望は必要無いというのに。そんな事を言われたら、信じたくなってしまうではないか。
(……ごめんな、じーさん)
 その製作費は、もう一生払えない。俺は己自身に殺されるから、それを代わりにしてはくれないだろうか。
 背中に源外の視線を感じながら、己は再び歩き出して黙ってからくり堂から姿を消した。

   *

 今や崩れ落ちて廃墟と化したターミナルの、其の屋上。連れて来た時間泥棒の身体を瓦礫にゆるく拘束する。震え出した指先に、もう時間が無い事を悟った。
「……銀時様」
 ふいに時間泥棒から発せられた声に、指先の震えが一瞬止まる。忘れる事のない、魂の奥底に染み付いた優しく穏やかな、それでいて力強い声。成程この声ならば、過去の己も自然と従ってしまうだろう。
「本当に……これでよろしいのですか」
 其の言葉に、すいと目を細めた。間違っていると、言いたいのだろう。もっと他に方法があるはずだと叫びたいのだろう。けれど、己はもう戻れない。
 そっと時間泥棒の電源を落として空を見上げた。まるで血を零したかの様な、真っ赤な色。
――狂っている。
 漠然と、そう思った。尤も、其の狂った世界を生み出したのは己自身なのだが。其処まで考えた時、鼓膜に階段を駆け上がる音が響いた。
(そろそろか……)
 再び時間泥棒に手を伸ばし、電源ボダンを押して側に立て掛けてあった錫杖を掴む。起動する頃には、全てが終わっているだろう。
 叫びながら木刀を振り翳してきた過去の己に、包帯の下に隠した唇が自然と弧を描いたのを感じた。


   */*/*


 胸を灼熱が貫いた。ナノマシンに支配されていた自我がゆっくりと戻っていく。言葉を紡ぎながら、己の顏を覆っている包帯を解いていき。信じられないとでも言う様に見開かれた紅玉に弱々しく微笑みかけ、彼に全てを伝えて瞼を閉じた。
 これで、もう思い残す事は何もない。ナノマシンウイルスに寄生された直後の己を殺してしまえば、世界はあんな悪夢を見ずに済む。坂田銀時という命の歴史は、攘夷戦争で其の幕を閉じるのだ。嗚呼、でも……。
(帰りたかった、な)
 彼等が居る、あの暖かな場所に。
 頬に一筋の冷たさを感じながら意識を手放そうとした、その時だった。

 ふわりと、己の身体が優しい温もりに包まれた。閉じた瞼を緩慢な動きで持ち上げてみる。そうして、霞んだ視界に映ったのは――。
「……銀ちゃん」
「銀さん」
 今にも泣き出しそうに其の顏を歪めて己を抱き締める、新八と神楽だった。
(……え)
 これは、夢だろうか。五年間ずっと焦がれたものが、体温が、今己の直ぐ側にある。
「長い……トイレだった、アルな……」
「本当に……心配、したんですからね……」
 そう言葉を発する二人の声が震えている。嗚呼、謝らなければ。焼ける様に熱い喉から、必死に声を紡ぎ出す。
「ごめ……ん、な。し……ぱい、かけ、た」
 己が紡いだ声は酷く掠れていて、とても聞ける様なものではなかった。けれど、己を抱き締めている二人は何度も何度も頷いて。
「本当、ですよ。罰として、しばらく……このままでいさせて、もらいますから」
「こんな美女に、抱き締めてもらえるなんて……銀ちゃんは、幸せ者アルよ」
 ぽろぽろと涙を零しながら言う新八と神楽。そんな二人の頭を、震える手を動かしてそっと撫でる。嗚呼、頼むから。
「笑って……くれ、よ」
 そうしないと、安心して帰れないだろ。
 そう言ってやれば、二人は涙で頬を濡らしながらも口角を上げて。不格好な二つの笑顔に、己もふっと笑みを浮かべる。
「お帰りなさい」
 重なった新八と神楽の声。それに、己は涙を一粒零して呟いた。
「ああ……ただいま」




 気が付けば、随分と懐かしい場所に居た。幼い頃、高杉や桂、そしてあの人と共によく訪れていた、塾の近くにある大きな川。其の河原で、己はじっと雲一つない空を眺めていて。
 もしかしたら、此処が世間一般で三途の川と呼ばれている場所なのかもしれない。この川を渡ってしまえば、もう二度と現の世界へは戻れはしないのだ。そう、この先に広がっている世界は、もう何も失わずに済む己にとっては夢の様な世界で。
(……もう、いいよな)
 過去の己に全てを託してきた己は、もうあの場所に戻る必要などないのだから。
 小さな水音を立てて水面に足を沈める。ちゃぷちゃぷと耳に心地良い旋律を奏でながら、ゆっくりと川を渡っていき。再び土の上へと足を乗せ、最後に一度だけと先程まで己が居た向こう岸を振り返った時。
「銀時」
 背後から、全てを諭す様な声がした。
(――嗚呼、)
 この声を、温もりを、存在を。どれ程焦がれていた事か。溢れそうになる言葉の数々を飲み込んで、首だけを動かして背後を静かに振り返る。己の紅玉に映り込んだ予想通りの人物に、ふっと口角を上げて言葉を紡いだ。
「――久しぶりだな、先生」